方広寺 石垣 天正14(1586)年、 豊臣秀吉が大仏殿建立を計画。 大仏殿建立に際し石垣も築かれることとなった。 この石垣も築造当初は、 ごく普通の規模の石垣であったらしいが、 未来永劫まで自らの権勢を誇示しようとする 秀吉の意向に従う形で諸大名がこぞって、 巨大な石を献上したという。 このため近畿を中心に、 大々的な「石狩」が行われ、 中でも蒲生氏郷は近江三井寺から およそ250トンにも及ぶ巨石を運び込み、 秀吉と京都の人々の度肝を抜いた。
◎持田ノ眼◎ 現在、石垣は、方広寺から、 京都国立博物館正門脇にかけて、 遺されており、その威容を眺めることが出来る。 石垣に用られた巨石には、 その石を献上した大名の家紋が刻印されており、 当時の大名たちの苦労が偲ばれる。