第19回の関東での視聴率は、14.7%だったとかで、
NHKでは視聴率が回復した!とハシャいでいるようだが、
関西における第19回の視聴率は・・・驚愕の・・・
11.3%!!!!
もちろん視聴率ランキング20位圏外・・・
この衝撃の視聴率は、大河の特集記事で知った次第。
ドラマの舞台となっている関西では、
もはや10%割れも時間の問題となっているのだ!
あらあら(←長月早苗の声で)
関西で「大河を見ている」なんて、うっかり言おうもんなら、
たちまちのうちに、変わり者か正気を無くした者の扱いを
受けてしまう現実がある。
『平清盛』は、そんな程度のカス大河・・・。
まぁカスはカスでもカスなりに、
見所のひとつぐらいはあるだろうと、
今日も懲りずに本篇を見てみるでゲソ。
と言っても、今回は全篇これ次回の予告篇な内容なので、
たいした話は出て来ない・・・。
オープニングが明けると、
崇徳上皇が平アホ盛に刀を突き付けられて帰った後に、
西行がやって来る。
そして、和歌を一首詠んで出番終わり・・・。
って、
それだけかい?!
せめて、待賢門院璋子のことを思い出し、
「璋子様・・・あなたの二人の皇子様が
互いに憎しみ合わねばならなくなりました・・・あぁ璋子様・・・
この世は何と非情なのでしょう・・・」
ぐらいの台詞を西行に言わせたらどうだ?
とか思っていると、鳥羽田中殿の崇徳上皇のところへ、
宇治からわざわざ藤原頼長がやって来て、
ほつれ髪で「やりまっせ!」とか言っている。
その頃、六波羅では、平氏一門が、
崇徳上皇と後白河天皇の「どっちにしようか?」と、
『舌切りスズメ』の爺さんのように楽し気に悩んでいた。
すると、アホ盛は、
「我が平氏は、どっちにも付かん!」、
「それは戦後の恩賞を考えてのことじゃ」、
「ただ勝つだけではダメなのじゃ」、
「公卿にならんとな!」と、
まるで『舌切りスズメ』の悪い爺さんのように、
欲深いことを言い出すのだった。
因みに、保元元(1156)年の清盛の年齢は・・・
満38歳!!
人間の寿命が50年ほどの時代の38歳・・・。

いいのか?こんなバカで??
7月8日、西国から巨神兵こと源為朝が上洛。
それを見た弁慶が、アホ盛以上におつむが弱そうな顔をして、
為朝の後を追いかける。
高松殿では、後白河天皇が藤原信頼と藤原成親とトーク。
美福門院得子様は、源ヤリチン義朝に「ガッツだぜ!」と応援。
そして、崇徳上皇は頼長に「きっと勝て」と、
そっとキットカットを手渡す。
それぞれの開戦直前の迎え方であった(笑)
その夜、アホ盛は、
「双方の恩賞は釣りあがりましたかな」と言う信西に連れられ、
後白河天皇の御前へ。
後白河天皇は同席していた信頼、成親、信西に席を外させる。
因みに、ここに来て頻繁に信頼や成親を出して来ているのは、
次の『平治の乱』への伏線のつもりなんだろうね。
あと、成親の出番は、この先いろいろと多くなるしね(笑)
後白河天皇は、アホ盛と二人きりになると、
「共に白河院の血を引く者同士」と語り掛け、
ツンデレな説得を行なうのだった。
後白河天皇のツンデレぶりに参ったアホ盛は、
あっさりと天皇方に付く。
って、得子様は??
得子様が「鳥羽法皇の遺言」として、アホ盛を召集したんだろうが!!
この時期、一番の権力を掌握していたのは、
美福門院得子様であられるぞ!
全くそこのところが全然理解出来てないんだなぁ・・・。
しかも、守仁親王の「も」の字も出て来ない有様・・・。
残念な脚本!!
残念と言えば・・・
この日に行なわれた重大事!そう!後白河天皇方による
東三条第の占拠
が全く出て来なかった。
これが、事実上の宣戦布告なのに・・・。
7月9日、源為義の館で巨神兵ぶりを披露する為朝を、
どこからともなく入って来た弁慶が
「ダメだ!腐ってやがる」と茶化すのだった。
それにしても合戦直前に誰でも入れるとは、
源氏館の警備は甘甘っ!(笑)
その頃、六波羅では、
巨神兵の為朝が参戦すると知って、
平氏一門がショボ~~ンとしていた(笑)
そんな中、アホ盛は、
「帝は、俺の心中をお見通しだった」として、
天皇方に付くことを宣言。
このシーン、おかしいよね?
アホ盛が天皇方に付くと宣言する前に、
為朝が上皇方に付いたと知って意気消沈してるんだもの。
アホ盛が宣言した後に「でも上皇方には巨神兵がいる」と、
意気消沈するのならわかるんだけどねぇ。
アホ盛は「武士の世は、もうすぐそこまで来ておる!」と、
マヤの予言書のようなことを堂々と言うのだった。
こう言うさ、結果論から現在の台詞を導く歴史ドラマって、
クズ中のクズの脚本だよね。
このドラマじゃ「武士の世」「武士の世」って言っているが、
そもそも平氏は公家政体の中で権力を掌握したんじゃないのか?
さて、アホ盛が予言している頃、
ヤリチン義朝は、常盤を、由良ゲラーの屋敷へ
避難させるのだった。
アホ盛も妻子や女房衆たちを、藤原家成の娘の藤原経子のところへ
避難させるのだった。
この経子は、アホ盛の長男の平重盛の妻となる女性なので、
その伏線のつもりなのだろうが、この経子の出し方は、
あまりにも不自然で強引だね。
そこに出て来たのは、やたらチャイルドな重盛。
保元元年の重盛の年齢は、
満17歳~19歳!!!
生年に諸説あるので年齢幅があるが、
この年、妻(平維盛の生母)を迎えているほどの
アダルトなお年頃なのだ。
この辺り、演出の無能さを実感するねぇ。
その頃、六波羅では、アホ盛の異母弟の平頼盛が、
「おらは上皇様にお味方すんべぇ!」と宣言したところ、
必殺仕事人ダースベイダー池ノ禅尼から、
「何を言うておる!」と叱られる。
で、平忠正が崇徳上皇方に付くことに・・・。
まぁ頼盛の話は、この先の伏線のつもりなんだろうけれど、
忠正が摂関家の家人だった話や、
忠正の嫡男の平長盛が崇徳上皇の北面武士だったことや、
次男の平忠綱が頼長の家司で、三男の政綱が頼長の勾当だった史実は
全部まとめて無視している!!!!
つまり、忠正家は、頼長の縁で、上皇方に組することとなったのだ。
しかも、忠正が出陣したのは、宇治の自分の館から!!
このドラマ、でたらめだらけにもホドがあるっちゅ~ねん!!!
それを「平氏一門のため」とかって言う、
甘ったるい理由にして、忠正が上皇方として参戦した、と、
相変わらず日本史の捏造を行なう、おバカ脚本であった。
ここまで史実を無視して低能な捏造ばかりでは、
登場人物たちが置かれた当時の思いなんてものが、
全然理解出来なくなる!!!
7月10日、源平出陣。
アホ盛の妻の平マジゲー時子は、
出陣前のアホ盛に「うふ!妊娠しちゃった」と告げる。
ヤリチン義朝の前では、由良ゲラーと常盤が、
さりげなく女の確執を披露していた。
出陣前だって、視聴者の「笑い」を取るのさ~♪
ラララ~♪
だって、NHKのどアホ大河だもん!!
思うんだなぁ・・・NHKが今でも、
このクソ大河を「史実に基づいたドラマ」と、
原子炉がメルトスルーしているにも関わらず、
「ただちに危険は無い」とデマを言っていた枝野と同じように、
史実を捏造しまくっていることが、多くの日本史ファンの逆鱗に触れ、
結果、視聴者離れを招いているんじゃないかと・・・。
だから、いっそのこと、この大河は、
「パラレル大河ドラマ」と銘打ってですな、
タイトルも『平清盛 BASARA』としたら
いいんじゃなイカ?
フカキョン時子にミニスカくノ一衣装を着せて、源義朝と戦わせれば、
視聴率アップは間違いおまへんで!
どうせ「おバカ大河」なんだから、そこまで吹っ切れ!NHK!
それともさ、今年の夏は「計画停電」が予定されるほどの電力不足。
いっそ7月から9月まで大河をお休みしちゃえばどう?
だってさ、このドラマのタイトルは『平清盛』なんだよね?
だけど、諸悪の根源のプロデューサーの話だと、
今年の大河は3部構成になっていて、
第3部は源義経と弁慶が事実上の主役になるらしいんだよね。
それが本当なら
タイトルに
偽りあり!!!
だし、第3部は蛇足だよね(笑)
だったら夏場の放送を中止さえすれば、
清盛の話だけで終わるじゃん!
どやさ?どやさ?
(文中敬称略)


